高橋 克徳2018.12.25
わたしは学生時代からずっと組織論を学んできました。なぜ、組織について学び続けてきたか。それは、組織が人を幸せにすることもあれば、人を不幸にすることもある厄介な存在だからです。
農耕社会が生まれ、人はより多くの生産を行い、未来に備えて「蓄える」という術を手に入れます。しかし、これは「富」という概念も生むことになります。富をより多く持つものが、より幸せになれるという論理。より多くの生産をし、そこでより多くの分配を受ける人が幸せになる。こうして生まれたのが組織です。
さらに人間は、機械とエネルギーを手に入れたことで、人の力を超えた大規模な生産システムをつくりだしていきます。この大規模な生産システムをより効果的、効率的に動かすために生まれたのが現代の組織であり、その組織を動かすために生まれたのがマネジメントという概念です。
組織とはこうして、人間が物的な豊かさと幸せを手に入れるために生み出した道具だといえます。社会全体がこの組織という仕組みのおかげで、多くのものを生み出し、多くの幸せを享受する社会をつくりだしてきました。
ところが、組織というものは気がつくと、そこに目に見えない組織の論理というものが人を動かすようになっていきます。「組織成果」「組織のために」が最優先され、個々人の事情や感情は二の次になってしまう。この状況が続くと、組織の論理を超えて自分の意思を貫くことができず、自分の主体的な意思や感情を抑え込むようになっていきます。何かを変えようと思っても、自分だけではどうにもできないと思うと、誰も何も声を上げない組織が出来上がってしまうのです。
この組織の論理という見えない圧力が、やがて一人ひとりの意思や感じる力、声を上げる力、対話する力を奪い、組織としての創造性や変革力を奪っていくことになります。今、多くの日本企業が陥っているのが、まさにこの状態なのではないでしょうか。
本来、組織は一人ひとりではできないことを実現する大きな力を産み出す存在です。その中でよい関係性が生まれれば、人は安心し、ともに学びあい、成長していきます。その結果、物的な豊かさだけではない、心理的な安全性と充実感、自分を前向きに動かしていくワクワク感や使命感を見出すことができます。そういう意味で、組織は物的な幸せだけでなく、人の心を幸せにする存在としても大切な役割を担ってきたのだと思います。ところが多くの組織が、気づくと人の心をないがしろにし、置き去りにしてしまう存在へと変わったままになっています。本当にこのままでよいのでしょうか。
これからの10年、20年で、社会はさらに大きな変化を迎えます。特に働く人たち、企業にとっては、人の手を離れて情報技術がさらに進化していきます。これは人間が時間や空間を超えてつながれるだけでなく、人間の体や脳を補完、代替するようになり、わたしたちがつくってきた組織的な生産のあり方を大きく変える可能性もあります。同時に、そこで自分の役割や仕事を見失う人、見つけられなくなる人も出てくるかもしれません。組織という存在の意義や役割も大きく見直さなければならなくなる時代が、すぐそこにまで来ているのです。
わたしたちは、これから長い間つくりだしてきた組織優先の論理と向き合わなければならなくなるのではないでしょうか。組織成果や組織のために、多少理不尽なことがあっても受け入れるべきだという発想は、多様な価値観、ワークライフバランスを前提にした働き方、ボーダレスにつながれる協働システムの中で、機能不全を起こしていくのではないでしょうか。これらの変化は、一人ひとりがより良き人生を送るために組織という場はどうあるべきなのかという発想への転換を迫ると思います。
大切なのはそのときに、こうした議論ができる、対話ができる関係をまずつくりだすことです。既存のシステムをつくってきた人たちからすると、最初は違和感だらけだと思いますが、その意図をしっかり聞きながら、本当に一人ひとりが構えることなく、本当に思っていることを語り合えるような、そんな場をつくりだすことが必要なのです。
ある会社で、「うちの会社に未来がないと言って辞める社員が多い。どうしてそんな発言が出るのかを聞いてほしい」といわれて、若手・中堅ヒアリングを実施しました。そこで出てきたのは、今の組織運営が一方的で、社員の感情をないがしろにしているという不満です。でもそれ以上に、こうした組織のあり方への違和感を口にしたときに、「会社とはそういうものだ。理解しなさい」とまともに向き合ってくれない姿に、この会社には未来がないと思ったのだというのです。今までの当たり前を自ら疑問に思ったり、対話すらしようとしない会社が未来を切り拓けると思えない。
平成から新しい年号に変わります。年号が直接影響しているとは思いませんが、昭和から平成へと大きく変わった組織と人との関係を総括したうえで、これからの時代がつくりだす新たな人と組織との関係へと踏み出していきませんか。そんな対話が、議論が、未来への扉を開くことになると思います。