和田 誠司2021.06.01
渋沢栄一流グローバル視野の育み方
前回「渋沢栄一と喜作の比較」を書いたところ反響をいただいた。お声を寄せて下った皆さんに感謝を申し上げたい。その方々のためにも、本シリーズを10本ほど書いてみようと思う。テーマは「渋沢栄一×組織・人材開発」である。
渋沢栄一の生涯をたどり、名言をまとめたものや経済的な視点で分析をされた著書は数多く存在する。ただ、組織開発や人材開発の視点で分析を試みた著書はあまり存在しない。
なので、栄一の学びを組織開発、人材開発でどう活かせるのかを本シーズでは探求していく。
前回は渋沢栄一の持つ「しなやかマインドセット(=いつでも成長し続けるための心の在り方)」について探求して、栄一がつねに成長していく様を追ってみた。
今回のテーマは、日々の経験をどのように学びや成長につなげていくのかをテーマに探求する。
世の中では、ダイバーシティという言葉が当たり前のように使われるようになり、認識も高まっている。ただ、それを自分ごととし、実際に他文化を受容することに苦慮したり、グローバルな視野を持ち得るのは難しいと考えている人も多くいるのではないだろうか。
では、栄一はどのようにして、他文化を受容し、グローバル視野を育み、成長していったのか。海外視察の事例をもとに、紐解いていく。
栄一が海外視察を命じられたのは、徳川慶喜の幕臣時代である。
この時期の栄一は、彼にしては珍しく失意の底にいた。信頼する上司が亡くなり、自分の反対の声は慶喜には響かず、将軍となってしまった。
そうなると慶喜との距離感がでてしまい、栄一は建白をぶつける相手がいなくなり、暇を持て余すことになった。
そんな退屈した日々を過ごしていた栄一に突然ヨーロッパ視察を命じられた。まさに青天の霹靂、当時の栄一の役職では到底行けるはずがなかったが、この命令の裏には、慶喜らしい配慮がつまっていた。
私が思うに、このヨーロッパ視察がなければ、栄一がここまで偉業をなしえることはなかっただろう。
事実、栄一はこのヨーロッパ視察を経て、彼の根幹の考えとなる「合本主義」を構想する。そして、ヨーロッパ視察での明朗会計と国債、鉄道債に投資し、手元資金を余らせて視察を終えた実績を大隈重信などに評価され、大蔵省へ入省することとなる。
まさに日本に名を轟かせるきっかけであり、栄一の人生に多大な影響を与えたのだ。
では彼は、この経験からどのようにグローバル視野を育み、成長に結びつけたのかというと、私は3つの力が影響していると考える。
1つ目、受容力(他者の文化を受け入れる力)である。
彼は、旅の記録を「航西日記」にまとめる。その中で、異国の文化を取り入れている様子が書かれている。例えば、黒くて得体のしれない飲みものであるコーヒーを口にして、賞賛していることや、異文化の礼儀作法をすぐに取り入れる様子が書かれている。
栄一は、自分が正しいと思う判断を一旦保留し、郷に入れば郷に従えということわざにあるように、異文化を受容していった。
他方で、半数近くの幕臣は異国の文化を取り入れることはなく、自分たちの習慣を他国に入ってからも押し通そうとしたため、喧嘩が絶えなかったという。
2つ目、リフレーミング力(当たり前を問い直す力)
栄一はこの視察中に、武士の象徴であるちょんまげを逸早く切り落とし、刀も手放した。その様子を写真で見た妻や父は驚愕したとされている。
恐らく、視察をしているにあたり、ちょんまげを結う必要性を感じず、むしろ今までの当たり前が視察の阻害要因になると考えたのだろう。
特に刀など持っていたら、相手を警戒させ、視察に悪影響を及ぼすと感じたのではないだろうか。
このように栄一は、その時々、その場所で、いままでの慣習にとらわれず、何が必要かを考えていたのであろう。まさにリフレーミング力、当たり前を問い直す力があったと考える。
3つ目が、内省力(日々の経験から学ぶ力)
航西日記につぶさに記録を残している。栄一自身はこの記録を報告書として政府に提出している。
内容は報告書の域を越えていて、とても詳細にものごとが記録されている。彼はこの報告書を書くにあたり、内省をしていたのだと思う。
内省とは「日々の経験を振り返り、意味付け、行動や思考を変えていくこと」である。
さらに、栄一は日々の学びから教訓化をしていった。ベルギーの製鉄所を見学した際に、国王が自国の鉄を日本に売り込もうとした。この経験をもとに、官や民をわけるのではなく、一体となって国を発展させていく必要性を感じた。そこから合本主義の構想が固まっていったのだ。
そう考えると、栄一はヨーロッパ視察中、経験学習のサイクルが回っていたと思う。
経験学習は4つのステップからなる
①実際の経験(まずはやってみる)
②内省(経験の振り返りと意味づけ)
③教訓化(学びの抽象化)
④実践(新しい行動)「参考:D・コルブ 経験学習モデル」
彼は異文化をまず実践し、航西日記にまとめ内省し、視察中の経験から教訓化し、投資など新しい実践をしていった。このサイクルを回しながら、ヨーロッパの国々を視察したことでグローバルな視野を獲得していったのだろう。
先行き不透明で、終わりが見えない日々が続いているが、彼のように新しいものを受け入れてみることから初めてみると、新しい扉が開くかもしれない。
(了)
参考図書:
城山三郎 『雄気堂々 上下』新潮文庫
渋沢栄一 『雨夜譚』岩波書店
渋沢栄一、守屋淳『論語と算盤』ちくま新書
木村昌人『渋沢栄一 民間経済外交の創始者』中公新書
渋沢栄一 、 杉浦靄人 『航西日記』
キャロル・S・ドゥエック著「マインドセット やればできるの研究」草思社
筆者:
株式会社ジェイフィール
和田 誠司