佐藤 将2017.06.07
14.もう一つの、この世界(Ⅰ)
まだ昭和という時代の事。
その日、旧い江戸期の建物を改造した日本家屋のお座敷で一人遊ぶ子がいた。
プラレールという鉄道のおもちゃに夢中になって。
ようやく完成したレールに列車を載せて動き回っていると、祖父が、襖(ふすま)を開けて入って来て、新しい歌を教えてくれた。
「どうして橋が落ちるの?」。
「お船が下を通るために、真ん中から開くのだよ」
「こうやってね」
そう言って、両手で橋が開く仕草をしてくれた。
数十年後、はじめて現地に行った時、それがロンドンブリッジではなく、タワーブリッジだと知った時、思わず笑った。と同時に、その時のシーンが、極めて日本的なお座敷のシーンが、畳や襖、床の間や縁側のシーンが、蘇った。
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その日、明るい日差しが差し込むモダンなオフィスで、仕事に没頭していた。
ビジネスというレールの上で没頭して。
まだロンドンに来てから数ヶ月。
気持ちいい金曜日なのに、慌ただしくタスクをこなしていた。
ようやく午前中の仕事を完成し、ランチを買いに行こうとした時、隣のチームの同僚からのメイルを発見した。
「私たち数名で、Borough Market(バラ・マーケット)に行くけど、行かない?」
自分が所属したチームは国際色に溢れていたけど、隣のチームは、ほぼ英国人で構成されていた。恐らく、弁護士資格が必要、または、その候補生がメインだったから。
(バラ・マーケットって、どこだ?)
ネットで検索する。
(あーあそこの事か・・・)。
ロンドンブリッジの袂、世界中の人々が集まる露店市場(いちば)。新鮮な野菜や、それ以上に、ロンドンでは珍しく新鮮なシーフードも売っている。ランチタイムは、出来たてのフードを買って、多くのビジネスマンや観光客が食事をする。ロンドンの中でも、極めて"グローバルな場所"。
(歩いていくと、ここから5分くらいか・・・)
カレンダーを見る。
その日に限って12時半からプロジェクト・メンバーとの予定が入っている...。午後も一杯。
メンバーのデスクを見ると、既に席にいない。新しいメンバーだけにドタキャンはかわいそうだ。
すぐにメイルに返信する。
「声をかけてくれてありがとう。でも、今日は打ち合わせがあるので、ごめんなさい。次回に」。
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その後、隣のチームのメンバー達とは、ちょっとしたプロジェクトで一緒になったり、金曜の帰りにパブで(極めて英国風のオーセンティックなパブで)飲んだりする機会を得たけど、そう言えば、バラ・マーケットで一緒にランチすることはなかった。
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これからの時代も、グローバリゼーションとアイデンティティとの間で多くの確執、葛藤、時に衝突が起きていくだろう。
けれど、日本の新世代の人たちには、いや、世界中のミレニアル世代の人たちには、その相克を乗り越えていって欲しい。
たぶん、どっちも大事だから・・・
どうやったら、そのジレンマを越えていけるのだろう?(次回に続く)