ジェイフィール2022.07.15
ジェイフィールでよく登場する「ヘンリー・ミンツバーグ教授」。
写真や紹介文はよく見るけど、結局どんなことをしている方なのか、ジェイフィールとどんな関係なのか、など、ミンツバーグ教授初心者の里見が気になることを聞いてみました。
今回のインタビュイーは、ミンツバーグ教授とジェイフィールの関係を最初に作った重光直之さん(ジェイフィール 経営チームメンバー 代表取締役/コンサルタント)です。
- 今日はよろしくお願いいたします。まず、ミンツバーグ教授は何をされている方なのかというところからお聞きしたいと思います。
重光:
肩書き的に言うと、カナダのモントリオールにあるマギル大学で、経営学を教えている教授というふうになります。一度ヘンリーに「あなたはどういう人?」と聞いたことがあって、その時は「執筆家」というような答えが返ってきました。とはいえ、いろいろなことをやっている人なので、どう説明すればよいのか難しいですね。端的にいうと、「自分の考えていることを発信して、それを世の中に問うていく。」そういう人です。これまでの常識を覆すというか、定説となっていることに対して異論を呈して、世の中の価値観とか考え方を変えてきた人かなと思っています。
ミンツバーグ教授の人柄
重光:
「H.ミンツバーグ経営論(ヘンリー・ミンツバーグ:著 DIAMONDハーバード・ビジネスレビュー編集部:編・訳)」という本があるんですが、この中で、研究仲間である2人の日本人の経営学者がヘンリーのことを説明しているので、これも紹介しますね。最初の人は伊丹敬之教授で、「異能の人、異端の人、型破りの人」というふうに言っています。「子どもの目を持ち、老大家の頭を持った、異能の人である。」と。
そして、もうひとり、加護野忠男教授も、「子ども」という表現を使っているんですよね。「小さな子どもの素朴な問いには、はっとさせられることが多い。また、その問いに答えようと考えているうちに、目からうろこの落ちるような気づきをすることもある。ミンツバーグ教授の論文を読むと、その論文の出発点に、こうした子どものような素朴な問いが隠されていることに気づかされる。」とヘンリーを紹介しています。
ヘンリーが日本に来たときに、「尊敬する人は?」と聞いてみたんですが、彼は「裸の王様に登場する、王様に対して”裸だ”と指摘する、あの子どもだね」と答えたんですよね。伊丹先生も加護野先生も本人の言っていることも、まさしくヘンリーを表しているなと思います。
少し脱線しますが、ヘンリーはビーバーの彫刻(ビーバーが巣作りのために加工した木の枝を、彼は「彫刻」と呼びます)が好きで、彼の研究室に行くとたくさん置いてあって、ジェイフィールにも一つプレゼントしてもらいました。カヌーも大好きなので、リフレクションラウンドテーブル®のパートナーが集まったカンファレンスでは、いつも会議の始まる前にみんなでカヌーに行くんですよ。私も一緒にカヌーに乗ったことがあるんですが、その時ビーバーが巣を作っているのを見つけて、「あっちへ行くぞ。」ってどんどん奥に入っていっちゃう。そこでいろいろビーバーの歯型が入った枝とかを物色するんですが、「いいのがあるから、君も選べば?」と言われたんですが、先に自分が良いやつを全部取ったあとなんですよ。で、私は持ち帰らなかったんですが、後日、プレゼントにもらったのは、その時の罪滅ぼしの証かもしれません(笑)。ビーバーの巣を追いかけている間は、他の人はずっと待ってて、「みんな待ってますよ」と言っても聞かなくて・・・、そういう子どもっぽい一面もありますね。
ジェイフィールに置いてあるビーバーの実際の歯型がついた彫刻
朝から晩までマネージャーにくっついて
- お茶目ですね(笑)。そんなミンツバーグ教授が研究しているのが、マネジメントなのですね。
重光:
マネジメントを研究するきっかけは、ヘンリーの本に書いてあるんですけれども、彼が子どもの頃に「お父さんの仕事」みたいな作文があったらしいんです。日本でもありますよね。
彼のお父さんはマネジャーで、簡単に言えば執務室で机に向かって仕事をしていて、彼からしたら何をしているのかわからないわけですよ。だから当時の彼は、「お父さんの仕事」の作文をうまく書けなかった。靴屋さんとか、パン屋さんとかだったらわかるけど、「マネジャー」っていったいどんな仕事をするんだろうという疑問をずっと持っていたと言っています。
それで大学院に行ったときに研究した内容が、マネジャーは本当はなにをしているのかというものでした。1週間、朝から晩までずっとマネジャーにくっついて、実際にしていることをメモしました。そこでわかったのは、当時マネジメントといえば「計画、組織化、命令、調整、統制」という、今でいうPDCAのようなものだとされていたのですが、実際に現場を見ていると、どうやらそうではないらしい、ということでした。現場のマネジャーは、様々なことが同時多発的に起こっていて、それらすべてがぐちゃぐちゃになって進行しているのが真実だということを提示したのが「マネジャーの仕事」という本で、世界中の人が「やっぱり、これが真実だよね。」と共感して、ヘンリーが世に知れたきっかけとなりました。
その当時は、IBMの大型コンピュータがオフィスに初めて導入された時期で、「コンピュータによって、マネジメントがどう変わるのか。」というトピックがトレンドだったので、ヘンリーの研究は、周りから見ればかなり地味だったと思います。でも彼は、当時の権威と言われている人たちがトレンドの最先端の議論をしているのを聞いて、「この人たちは、マネジャーが本当にやっていることを知らないな。」と思ったらしいんです。要するに、机上の空論だと。もちろん、トレンドの研究は花形なので、研究者としての輝かしい未来が見えていて、それと自分の地味な研究とを天秤にかけたときに悩んだそうです。それでも、子どもの頃から気になっていたものへの好奇心が強く、そっちの泥臭い、日陰の道を選んだというふうに彼は言ってるんですね。
ミンツバーグ教授との出会い
- 冒頭で紹介していただいたミンツバーグ教授のパーソナリティとも重なりますね。重光さんが、ミンツバーグ教授と接点を持ったきっかけは何だったのでしょう?
重光:
ずっと経営者育成に携わっていたので、ヘンリーの作った革新的なプログラムには以前から関心がありました。当時、日産自動車さんの、いわゆる「ゴーン改革」が話題になったころで、日本中がMBAブームでした。「みんな、強いリーダーになろう。」という空気があったのですが、正直、あんなに強いリーダーにはなれないんじゃないかという思いがありました。
そんな中で、ヘンリーの作ったプログラムは、日本人にとてもフィットする感覚を覚えましたし、人間らしく、より自然なプログラムに思えたんですよね。そのプログラムが「IMPM(International Masters Program for Managers)」といって、現在ジェイフィールの「リフレクションラウンドテーブル®」のもとになったものです。一人のリーダーがすべてを背負って、意思決定をして、人を従わせて、というのではなく、関係性を持ちながら、助け合っていくのが本来の人間の姿なので、組織とかマネジメントとか仕事とかも、もっと人間らしく自然であるべきだというのが彼の主張なんです。この考え方に共感して、ヘンリーに話を聞きにカナダのモントリオールに行ったのが最初です。
マネジメントは実務から離れて学ぶものではない
- 「IMPM」のプログラム内容が気になります。
重光:
まずIMPMは、個人の参加ではなくて「チーム参加」なんですよ。企業の中の5、6人がチームで派遣されてくるんです。そして日々の実務から離れるのではなく、必ず仕事をしながら、2週間の集中合宿を計5回行います。集中合宿をして、実務を2~3ヶ月やって、再度集中合宿をするといった繰り返しですね。
これがIMPMの特長で、MBAの場合、2年間全寮制で朝から晩までぶっ通しなので、実務から離れる必要があります。「マネジメントは実務から離れて学ぶものではない」というのが、ヘンリーの考えで、IMPMでは、現場の課題を持ち寄ってチームで対話して、また現場に持ち帰り試してみるという、現場と行き来するスタイルをとっています。
- そのIMPMが、今のジェイフィールの「リフレクションラウンドテーブル®」のもとになったプログラムだったんですね。
重光
はい。IMPMは参加できる人が限られているので、もっと広くいろいろな人に受けてほしいと思い、ヘンリーに相談したのが最初です。偶然にも、ヘンリーを訪れたその日の夜に、IMPMをもとにしたビジネスを立ち上げる話があるということだったので、彼の自宅を訪れました。そのビジネスが「CoachingOurselves」となって、世界中で展開されています。立ち上げたのは、ヘンリーの義理の息子にあたるフィル・レニールで、フィルも当時、職場のことで悩んでいて、ヘンリーに相談したところ、「自分たちで互いの経験を話し合えばいいよ。」と言われて、IMPMの教材を渡されたらしいんです。最初はポカンとしてしまったと言っていましたが、みんなでそれをやってみたら本当に職場がよくなっていったんです。それで、もっとこれをみんなに広めていこう、というタイミングが、僕がモントリオールに行ったタイミングと重なったんです。訪問したその日が、まさにピッタリのタイミングで、何かに引き寄せられたという感じがしますね。IMPMをもとにしたプログラムが、リフレクションラウンドテーブル®で、日本以外の国では、カナダ同様にCoachingOurselvesと呼ばれています。
リバランシング・ソサエティ
- すごい偶然ですね。ジェイフィールの中で、IMPMやCoachingOurselvesはよく聞く単語ですが、関係性がわかりました。その後にジェイフィールが立ち上がって、今まで毎年、リフレクションラウンドテーブル®が様々な企業に導入されているのですね。ここから少し時間軸を変えて、「これから」のことを聞きたいです。ミンツバーグ教授とジェイフィールが持つこれからのトピックとは、という質問で、最後のセクションとさせてください。
重光:
ヘンリーは、今まではずっと「マネジメント」のことを話していましたが、最近というか、ここ20年ほどは、「社会」の話をしています。彼は「私たちはどこまで資本主義に従うのか(ヘンリー・ミンツバーグ 著/池村千秋 訳)」という本を2015年に出したんですが、そこで行き過ぎた資本主義が、富の偏在や、環境破壊を引き起こしているということを言っています。政府と民間と市民のバランスに注目して、そのパワーバランスを取り戻すべきという主張なんですが、私が初めて会ったときには既にこの話をしていました。昨今ではこういう考えは浸透しているので、受け入れやすいと思うのですが、当時では珍しいですよね。ヘンリーも「私が発信するものは、いつも早すぎる。」と言っていました。
- マネジメントから、より広い「社会」へと対象が移ったんですね。
重光:
これは、マネジメントを突き詰めていった結果だと思うんです。突き詰めて考えたときに、人はどういうふうに生きていったらいいのかというようなトピックを持つ。それで、でもやっぱり人は組織の中で生きていくので、組織がどういう状態にあったらいいのか、という組織のあり方を考えますよね。その組織は、社会全体の影響を受けるので、結局社会のことまで考えなくてはいけなくなった、というのが背景なんじゃないかと思います。
実はジェイフィールも同じで、立ち上げ当初は、マネジメントをどうしたら良いか、組織を良くしよう、働く職場を良くしようとやってきました。そして15年たって、「社会を良くしていくためにはどうしたらいいのか」という対話が社内で増えてきています。
自分の会社のことだけを考えていれば良い、個人のことだけを考えていれば良い、ということではなく、人と組織と社会、それぞれが良い関係性で繋がることが大事なんだと思います。
- 今の話と関連して、直近のニュースでいうと、「リバランシング・ソサエティ・ジャパン」という活動に、ジェイフィールがサポーターとして入っていますよね。重光さんは、この団体の発起人と聞いていますが、ジェイフィールとリバランシング・ソサエティ・ジャパンの関係性はどのようなものでしょう?
重光:
リバランシング・ソサエティ・ジャパンは、ヘンリーが行っている「Rebalancing Society(社会のバランスを取り戻そう)」という呼びかけに共感して、日本でもその動きを広めようとしている任意団体です。まだ2022年6月にサイトを公開したばかりなので、本格的な活動はこれからですが。
私が立ち上げたというよりかも、絹川(直良氏:文京学院大学教授)さんから、「ミンツバーグ教授の思想は、もっとちゃんと伝えたほうが良いんじゃないでしょうか。」という提案があって、そこから絹川さん含め有志の方々に翻訳を手伝っていただけることになり、気づけばリバランシング・ソサエティ・ジャパンという形になっていったというほうがイメージに近いですね。
現場から声が上がってきて形になるものをヘンリーは創発型と言っていますが、まさに創発型そのものでした。
関係性でいうと、さっきの「人と組織と社会」の3つの関係を考えたときに、ジェイフィールは、「人」と「組織」がどのように良い関係をもつか、「組織」が「社会」と良い関係をもつかという領域がメインになっていて、リバランシング・ソサエティ・ジャパンは、「人」と「社会」の関係にによりフォーカスをあてているイメージです。
リバランシング・ソサエティ・ジャパンは、有志の人たちで構成されているので、ジェイフィール社外の方々がほとんどで、良い意味で、ジェイフィールにはない展開の仕方や可能性があるかなと思います。なので、両者が良い補完関係になれれば良いですね。
https://rebalancingsociety-jp.org/
- ミンツバーグ教授も、ジェイフィールも、リバランシング・ソサエティ・ジャパンも持っている世界観としては共通している認識でしょうか?
重光:
根本は、「人がよく生きる、幸せに生きるには?」ということかなと思うんですね。そのためには、組織も健全な状態にならないといけないし、社会も健全な状態にならないといけません。
それぞれどこに焦点をあてて活動するのかは多少の違いはあれど、見ている世界観は同じだと思います。
- これからのそれぞれの活動がとても楽しみです。本日はありがとうございました。