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小森谷浩志 連載コラム「東洋思想と組織開発」⑦

小森谷 浩志2016.01.12

第7回

『チーズはどこへ消えた?』15年前にベストセラーになった本のタイトルです。

十牛図では、
「牛はどこへ消えた?」が主題となります。
そして後半では、
「牧人(牛飼い)はどこへ消えた?」も主題として加わります。

チーズは、自分が大切にしているものの象徴でした。
それでは、十牛図での牛は、何を表しているのでしょうか?

ひとことで言うと、
本当の自分、「真の自己」ということになります。
十牛図は、牛と牧人が登場する、真の自己探求の物語です。

さて、探求の旅を始めるにあたって、
どうしても欠かせないことは何だと思いますか?
それは、真の自己にたどり着いていない、という実感です。
あ〜自分は分かっていない、できていないという深い自覚です。
時として自己嫌悪、落胆、焦燥などを伴う、
気持ちがいいとは言えない感覚です。
真の自己を見失っていることに気づいていなければ、
真の自己を探さないということです。
「無知の知」の深さが求められるのです。

そして、なぜ真の自己を探求しなければならないのでしょうか?
自分に向き合うのはエネルギーの要る、しんどい営みです。
美点もある一方で、深まれば深まるほど、
見たくない自分、醜い自分との対峙もあるでしょう。

「方向性」を決めるためといえるのではないでしょうか?
自分がどちらに進んでいくのか決めるにあたって、
まずは、その自分とは何かを深めておく必要があるからです。
自分を知らずして、どちらに進むかを決めることはできません。
これは、ハーバード大学教育学部のロバート・キーガン博士が、
人間存在を規定する最も本質的な精神活動を、
「自分とは何なのか」、「世界とは何なのか」について物語をつくること、
指摘していることとも符合します。

また、密教の『秘蔵宝鑰』では、
序に、「三界※1の狂人は狂せることを知らず、
四生※2の盲者は盲なることを識らず」とあります。

狂であっても、盲であっても、
狂であること、盲であることを知っていれば、
進む道筋は決まってくるでしょう。
十牛図の、自己探求、自己の実現の旅でも、
まずは出発点で求められるのは、
自分は迷っているという自覚なのです。

本来を見失っているのにも関わらず、
非本来を本来と思い込んでいるうちには、
スタートを切ることはできないのです。
迷いがあるから悟りもあるといえるのです。
禅では「今を生きる」ことの重要性が説かれますが、
自己を深く知ることで、方向性が加わり、
自己の可能性の開花につながっていくのです。
自分を知ることで、いったい自分は何を大切にしているのかも、
見えてくるでしょう。

今回は真の自己探求の旅の出発点について論じました。
次回からは、十牛図の十の絵図に従って、旅を進めて行きましょう。


※1欲望の世界、物質の世界、精神の世界のこと。仏教の世界観で生きとし生けるものの止住する世界を3つに分けたもの
※2あらゆる生きものを4種類に分けたもので、胎内に宿って生まれる胎生、卵から生まれる卵生、湿りから生まれる湿生、自らの行為の力によって忽然と生ずる化生をいう。宮坂宥勝監修『空海コレクションⅠ』参照

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